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「令和の学校」ってどんな学校 No52 伊賀市立霊峰中学校

霊峰中学校の歴史を振り返ると、昭和22(1947)年4月に、西柘植村立西柘植中学校、壬生野村立壬生野中学校の設立に遡る。翌年、学校再配置により柘植村外13村学校組合立霊峰中学校創立。旧西柘植中学校を本校として、壬生野分校、柘植分校を設置した。昭和24(1949)年、設置者の変更により、西柘植村外2か町村学校組合立霊峰中学校と改称。昭和25(19 50)年、壬生野分校を廃止、柘植分校を独立し、西柘植村外1か村学校組合立霊峰中学校と改称。昭和27(1952)年、西柘植村壬生野村学校組合立霊峰中学校と改称。昭和30(1955)年、西柘植村と壬生野村合併、春日村誕生により、春日村立霊峰中学校と改称。昭和34(1959)年、柘植村と春日村合併、伊賀町誕生により、伊賀町立霊峰中学校と改称。平成16(2004)年、市町村合併により、伊賀市立霊峰中学校と改称し、今日に至る。学校創立から75年。沢山の地域の期待の中で、教育活動が行われてきた霊峰中学校。2学期初日、午前中に始業式を行い、午後の職員会議を終えられた直後、今年4月着任された福岡順子校長を訪ねた。

始業式の日に寄せていただいたが。
子どもたちの元気な顔が見られてホッとしている。昨年度2学期当初は午前中授業、午後は家庭でのオンライン授業を行っていた。初めての事であり、色々と大変なこともあったが、伊賀市においては一気にオンライン授業をはじめ、ICT教育が進んだと思う。今年は、ここにきて急激にコロナ感染者が増加していて、大変心配をしているが、昨年の経験を生かして、子どもたちの学びの継続はできるのではないかと思う。

修学旅行は広島方面だったが。
6月に実施した頃は、比較的コロナ感染者も少なく、全員が参加できてよかった。これから実施されるところは、少し心配かと思うが。コロナ以前は東京方面に行っていたが、今年初めて広島に行った。ここ2年間は県内であったので、今年は何とか県外へと考え、前校長が計画していただいていた。市教委から「バスでの移動」という指示を受けていたので、広島まではと少し心配した面もあったが、1日目の世界遺産の宮島・厳島神社、2日目の原爆ドームや平和記念資料館、3日目の大久野島の旧日本軍による毒ガス資料館など、子どもたちは熱心に話を聞き、見学をしていた。中には原爆投下による悲惨な現状を見て、涙を流す子どももいた。本校では、以前から「人権教育」に力を入れ、学習を積み重ねてきているが、この修学旅行では、「平和・人権・命の大切さ……」等々、より多くの学びがあったと思う。
旅行から戻ってきてから、自分たちが見たもの、聞いたことを家庭で話し、保護者から「いい経験をさせてもらった」「この学びをこれからの自分の生活に生かしてほしい」「戦争や原爆について家族で話し合いをするいい機会となった」などの意見や感想をいただいた。我々教師にとっても大変有意義な修学旅行だったと言える……

続きは令和4年9月10日号の伊和新聞に掲載しています。
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