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いが再発見 No219 耕野一仁さんインタビュー

終戦から77年。戦争の悲惨さを忘れまいと名張市では今年も戦没者を追悼、平和を願うイベントが開かれた。追悼の犠牲者は地元の戦死者のほか終戦直前、名張の山中に墜落、亡くなった爆撃機B29の搭乗米兵11人も含まれる。16回目となるこの式典を立ち上げたのは青蓮寺の地蔵院住職、耕野一仁(こうの・かずひと)さん(74)。名張ユネスコ協会長を務めるかたわらで、老若男女を問わず悩みを持つ人たちの心の相談にも乗るお忙し人間である。情熱的ともいえるエネルギーはどこからわいてくるのか。それが知りたくて自宅を訪ねた。
家に入れてもらい部屋に案内してもらったとたん、耕野さんは自分のスマートフォンを開けて、当日に届いたメールを見せてくれる。追悼碑に刻まれたアメリカ兵の1人、ジョセフ・マック・ダニエル氏の縁者からで、今回行われた慰霊式典に対するお礼のメッセージだった。「彼ら(11人)を覚えてくれていてありがとう」と書かれていた。大分県に住む耕野さんの知人を介して送られてきたものだ。ニュースはしっかりとアメリカにも届いているのを知らされる。
ここで改めて戦争犠牲者の慰霊碑建立の経緯について聞いてみる。「まだ子供のときでした。父親(前住職・一弘師)が毎年6月に入ると本堂で、小さなジュラルミンの破片を前に合掌し、お経をあげていました。不思議な光景でした。そして、このことは村の人には言ったらいかんと父親にいわれたのを覚えています。後で分かったことですが、墜落したB29の破片が境内にも落下。あのジュラルミンがその破片の一部でした。父は戦争の犠牲者は敵も味方も同じ、と考えていたからだと思います」
その記憶があり、戦後60年が過ぎて、なんとか追悼碑を建てたいと決意する。そこで地元の遺族会や、当時の青蓮寺区長に相談を持ち掛けた。地蔵院本堂には36人の戦死者の遺影が飾ってあり、毎年、慰霊祭も行われていた。「この狭い地区で36人も戦死しているのですよ。当然反対されるものだと思っていました」と耕野さん。ところが意外にもすんなりと賛成してくれたのだ。「これには驚きました。それ、ええことや。わしらの係累は中国の山間で亡くなったとしか知らされてへん。戦死した場所はいまだに分かりません。それに比べB29の米兵は場所がはっきりしている。まだましや、といって受け入れてくれました」
2006年(平成18)、墜落現場に「B29搭乗員11名追悼碑」、翌年には米兵の氏名、階級、年齢を刻んだ「石標」を地元の協力で建てることができた……

続きは令和4年9月10日号の伊和新聞に掲載しています。
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