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いが再発見 No200 「カネダイ陶器」5代目奮闘記

伝統の伊賀焼の産地として知られる伊賀市丸柱で、昨年6月に急逝した父親の跡を継いで一人前の窯元になろうとがんばっている女性がいる。明治時代から150年続く「カネダイ陶器」の大矢明日香さん(36)。陶芸を本格的に始めたのは6年前。それまでは仕事を継ぐのをためらっていたが、父親の死で気持ちが一変。母親の助言もあり、今では家業を守ることに迷いはない。4月からはろくろの勉強のため信楽窯業試験場に通うことも決まっている。親の代からの製品づくりと今後は女性の感性を生かした作品も作りたいと、5代目は意欲を見せている。
伊賀市丸柱の伊賀焼伝統産業会館から信楽方面へ1㌔ほど行ったところにカネダイ陶器がある。窯元修業中の大矢明日香さんが迎えてくれる。「明日香」という名前を見ていろいろ連想する。1つは奈良・明日香村、もう1人は陶芸家の坪井明日香。女性陶芸家の草分けで海外でも知られた名前である。何か関係があるのか聞いてみる。「名前は父がつけてくれました。父は歴史が好きで明日香村にも関心がありました。坪井さんですが、その人の名前にあやかったと聞かされたことがあります」
窯元の父親は娘に将来は陶芸家になってほしいと望んだのかもしれない。その父、4代目の正人さんは昨年6月18日、急死してしまう。67歳だった。病名は急性骨髄性白血病。「6月17日に入院したのですが、直後に電話がかかってきて、再度病院にきてほしいと。あわてて駆け付けると医師からもうだめですといわれました」
入院した翌日のあっけない死だった。ショックで声も出なかった。よけいに父親への思いが募る。「ふだんは優しい父でしたが、仕事にはきびしかった。商品はきちんと作りたいと自分で納得するまでやめませんでした。それにもう1つは、注文者の使い勝手というか気持ちを大事にして作っていたと思います。仕事にはとにかく一生懸命で向き合っていました」
これまで家族3人で分業してきたが、その作業工程を行平鍋で説明してもらう。おかゆなどを炊く小ぶりな器である。母親の宏子さん(63)が型押しで土台を作りふたや胴を形成する。取っ手や口の部分をろくろで作り、より軽く、使い勝手が良いように削り作業をするのが正人さん。明日香さんは取っ手や口を開けるなど仕上げ作業を手伝ってきた。
その正人さんが逝ってしまったのである。当時のことを明日香さんは振り返る。「それまでから仕事は手伝っていましたが、気持ちが入らず何となくやらされている感覚。家業に対する反発もあったかもしれません」   こんな思い出もある。「父が入院するときでした。まだ土の状態のままの器があったのですが、遠慮がちにあれ削っといてほしいなあと、父がいったのです。それを聞いて私も、あの土はやがて乾いてしまう。ほうって置いたらもったいない。目の前に道具があり、作りかけているものがある。それならきちんと仕上げて製品にするべきではないのかと、思えるようになったのです」
伊賀焼には1200年の伝統がある。古くは茶陶器として、現在は日常の生活の器として使われている。古びわ湖層から産出される陶土は耐火度が非常に高く、耐熱と蓄熱ができる特性から土鍋など調理器具として人気があるのだ。カネダイ陶器でも伝統的な土鍋のほか電子レンジで使えるおひつや目玉焼き器などを作ってきたが、突然、大黒柱の正人さんを失って、修業中の明日香さんは動揺する。窮地に立たされた娘の背中を押してくれたのが母の宏子さんだ……

続きは令和4年3月6日号の伊和新聞に掲載しています。
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