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「令和の学校」ってどんな学校 No44 伊賀市立阿山中学校

学校の先生の忙しさについては、度々記事にしてきた。インタビューのお願いをするために、電話をさせていただくが、出張のため不在であったり、会議中であったり、来客や校内巡回であったりで、対応いただけないことがしばしばある。タイミングの問題もあるが、どちらかと言えば一度の電話で話ができる事の方が少ない。阿山中学校の三木茂校長もそのひとりであった。ようやく通じ、電話口から聞こえてきた三木校長の声は「何度もお電話をいただき申し訳ありません」とお詫びの言葉。丁寧な口調である。電話の向こうで頭を下げていただいているのが目に浮かぶ。「いえいえ、お忙しいとは承知の上で電話をさせていただき、私の方こそ申し訳ありません」そして、約束の日時の訪問をさせていただいた時の第一声もお詫びの言葉から。こちらの勝手な都合で電話等をさせていただいているのに、こうした言葉を言っていただける。三木校長の優しさを感じ、温かな心で話を聞かせていただいた。

経歴を教えて下さい。
大学を出てからはまず名張市の北中学校に勤めた。当時の北中は生徒数が増え、教職員60人余、生徒1300人余と言った超マンモス校で、1学年が中学校1校分に相当するほどの学校であった。6年間勤務させていただいたが、先輩の先生方から色々と教えていただいたのを覚えている。次に、赤目中学校に転勤となり、10年いた。サッカー部の顧問をしていたので、お隣の奈良県をはじめ、色々な学校と練習試合などをし、多くの先生方とのつながりもできた。次に、桔梗が丘中学校で2年間勤務したが、その後青山中学校に異動してからは、伊賀市内の中学校に勤務することになった。青中で9年、城東中学校で3年。その後崇広中学校では教頭として3年間勤務。校長として、青山中学校に戻った後、昨年から阿山中学校に勤務している。

小中一貫教育については。
平成27(2015)年、丸柱小学校と河合小学校が統合し、阿山小学校が誕生。翌28(2016)年鞆田小学校が、令和3(2021)年玉滝小学校が阿山小学校に統合され、現在の阿山小学校となった。だから、本校は、全員が阿山小学校の卒業生、すなわち1小1中である。2018年・2019年と三重県教育委員会委託の人権教育総合推進地域事業の文部科学省指定を受け、地域を巻き込んだ取り組みを行い、発表をした。本校と、阿山小、玉滝小が一貫したカリキュラム(教育課程)を作成し、学習内容や目指す児童生徒像などについて話し合いを行った。自分づくり・仲間づくり・地域づくりの3本柱を中心に据えながら、3校が連携してそれぞれの発達段階に応じた学習活動を積み重ねていく。そして差別をなくす主体者としての地域を巻き込んだ中で育てていく。本校の生徒がこうした取り組みなどを阿山同和教育研究会などで発表させてもらった。また、本校はほぼ全員が自転車通学であるため、「阿山事故ゼロ運動」という取り組みなども行われている。昨年の話であるが、コロナがやや落ち着いた時期に、全校縦割りグループを14作り、3年生がファシリテーター(進行役)となり、更には地域の方にも入っていただいて、人権についての話し合い学習を行った。2020(令和2)年はコロナで開催できなかったが、文部科学省指定研究発表の時の成果として、今年も開催したいと考えている。……

続きは令和4年6月25日号の伊和新聞に掲載しています。
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