昭和32年(5) 映画館は3館競合で娯楽提供

昭和29年12月、日本経済は好景気への歩みを始めた。朝鮮戦争で朝鮮半島に出兵したアメリカ軍への補給物資の提供、戦車や戦闘機の修理などを請け負ったことで景気が大幅に回復し、当初は数量景気と呼ばれたこの好況は31年になって神武景気と名づけられた。初代天皇とされる神武天皇が即位してこのかた例のない好景気という意味だった。31年度の経済白書は景気の復調が新たな局面に入ったことを「もはや戦後ではない」と表現したが、32年6月の伊和新聞は「神武景気どこ吹く風」という見出しを躍らせ、名張市内の商業者が不況にあえぐさまを伝えている。そうした苦境をひとときでも忘れるため市民は身近な娯楽にやすらぎを求め、映画や演芸を興行する映画館に関心を寄せていた。テレビの普及にはまだ間があったその時代、映画産業はいよいよ黄金期を迎えようとしていた。
興行界の動向探る
昭和32年11月12日付伊和新聞は名張市内にあった映画館の動向を報じた。「浪曲、芝居興行も割込み/観客争奪の合戦/名張の映画館近い将来に三館?」との見出しのあとにはこんな前文が記されている。
《戦後は人間が享楽的になったのか、世はデフレ施策の浸透でにがにがしい生活断面をのぞかせているのに、一方においては映画館ブームで各地に次々と映画館がふえて来ているが、人口三万一千余の小都市名張市内にも映画館が鼎立する形勢にあるうえ、本年六月からは新町の竹田錦生館に田舎芝居が掛り、またこの一座が最近仲間われをして二カ所で開演するなど興行界は目まぐるしい動きをみせている。以下この名張市内の興行界の現況紹介や将来の動向といったところを探ってみよう》
映劇が改称し銀映座は再開
当時、名張市内には映画館がただ一館、元町の名張第一東映があるだけだった。この映画館は11月3日、それまでの名張映画劇場、通称映劇が改称したもので、改称の背景には2日前の11月1日、中町で名張東映劇場が起工し、12月末の開館を目指しているという事情があった。
名張第一東映は《従来通り東映、東宝、松竹のフイルムを上映して今のファンを手がたくつなぎ留めようと画策》し、新参の名張東映劇場は《上映フイルムの契約は二十日ごろ行う予定で、邦画専門の二本立興行を目論んでいる》という。
またもう1館、栄町にあった銀映座はこの年6月末に競売にかけられて閉館となっていたが、11月6日に浪曲や漫才の興行で営業を再開。その興行成績がよかったため11日から舞踊、剣撃、歌手の実演を継続することになった。いずれ映画上映も復活させ、その合間に芝居、漫才、浪曲などを組み入れて、《従来の銀映座の実績から大映系を上映してゆくのではないかとも見られている》。
名張大映劇場中町に誕生
廃業した映画館の情報をデータベースとして公開しているウェブサイト「消えた映画館の記憶」(https://hekikaicinema.memo.wiki/)によれば、名張第一東映は昭和5年より以前に鶯座という劇場として開業した。舞台や花道を備え、定員1350人という大劇場だった。名張映画劇場、名張第一東映、名張東映と名を変え、41年7月に閉館を迎えたときは東映、東宝、日活の作品を上映。定員130人に規模が縮小されていた。
銀映座は昭和27年に開設され、競売によるブランクを経て再スタートした。のちに名張松竹と改称する。定員は236人。松竹作品と洋画を上映し、37年に廃業。名張駅に近い場所に位置しており、住所を平尾とするデータもあるという。
昭和32年、中町に誕生したのは名張大映劇場だった。伊和新聞が報じた名張東映劇場という名称が変更されたものか。名張市内でもっとも遅くまで営業していた映画館で、定員200人前後。大映と東宝の作品を上映し、1館となってからは松竹作品も手がけたが、48年1月に閉館した。
3館競合時代を目前にして伊和新聞はこんな分析を試みている。
《それにしても銀映座閉館以来〝わが世の春〟?であったとみられる第一東映(映劇)が急いで名称をかえたのは他館への東映の進出を防いだものとみられるが、その後何らかの新手が打たれるか、設備をよくして広く観客層を迎えるとうたっている東映劇場が映劇の観客層にくい込む以外に大阪方面への通勤者を如何にして吸収するか、営業権をめぐって余燼が残されている銀映座が映画館として再興してゆく方法は、などの興味の持たれる問題である》
この11月12日号には名張第一東映の広告が掲載されており、上映作品は大川橋蔵主演の「喧嘩道中」など3本。神武景気とは縁のない市民にも映画は身近な娯楽として親しまれ、日々の慰安と活力を提供していた。
この年封切られた邦画の代表作をあげてみると、1月は黒澤明監督「蜘蛛巣城」、3月は今井正監督「米」、4月はマキノ雅弘監督「浪人街」、嵐寛寿郎主演「明治天皇と日露大戦争」、7月は片岡千恵蔵主演「大菩薩峠」、川島雄三監督「幕末太陽伝」、10月は佐田啓二主演「喜びも悲しみも幾歳月」、12月は松本清張原作「張込み」、石原裕次郎主演「嵐を呼ぶ男」といったあたりになる。
写真=昭和32年11月3日に名張映画劇場から改称された名張第一東映の看板
令和5年12月2日付伊和新聞掲載
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